担ぎ棒と担ぎ方
神輿の担ぎ方も地方によりいろいろあるものである。担ぎ方は、担ぎ棒の組み方やかけかけ声などと共にかわる。
下館の場合は基本的には担ぎ棒は井の字型に組む。神輿の台座(通称マスなどという)の棒穴に長いタテ棒を通し楔で固定する。そして台座の前後にヨコ棒(この横棒をトンボという)を麻紐で結わえ固定する。
担ぎ方も担ぐというより、もみ合うためで、本来は担ぎ手の向きも神様に尻を向けないように前後左右とバラバラになるのが基本であった。
この井の字型に担ぎ棒を組むのは茨城県下では古くから受け継がれている祭りに多く見られる。
下館では昭和52年に大神輿の大修理をした。その時に、より多くの人が担げるようにと、井の字型の担ぎ棒に加えタテ棒の前後に二本のヨコ棒(トンボ)を追加した。
担ぎ方は荒く上下に大きく煽る。とくに両足をそろえ縄跳びをするようにとびはねて煽るのである。
近年神輿を修理したり新調した町内がある。そのときに担ぎ棒を井の字組みではなくタテ棒を4本にする組み方にかえた町内がみられるようになった。
この担ぎ棒の組み方は神輿の台座の横穴に2本のタテ棒を通し楔で固定する。この時このタテ棒を親棒とよぷ。この親棒に台座の前後に横棒であるトンボを麻紐で固定して井の字の組み方にし、トンボの両端に2本タテ棒を取り付ける。このときのタテ棒を脇棒とよぶ。親棒、脇棒とタテ棒が4本になる。
そして担ぎ手は全員前向きになり、つま先を立て腰で調子をとりながら「ソヤソヤ」と前進のみである。これを「江戸前かつぎ」といい、東京浅草や鳥越など都内で一番多い担ぎ方である。
東北地方のとある町で東北地方独特の素朴な祭りを期待し、でかけてみて江戸前担ぎの神輿を見るとがっかりする。
近年復活した祭りや自治体による市民祭などはすべてこの江戸前担ぎであり、この担ぎ方が西日本をのぞき全国を制覇しつつある。
台座に2本のタテ棒を通した形を二天棒といい、質素な神輿や古い歴史のある神社に多くみられるほか、神奈川県下湘南地方の神輿はみなこの二天棒であり「ドッコイ、ドッコイ」のかけ声のほか、神輿の台座に取り付けられた鏈を「カッチャ、カッチャ」と打ならしながら担ぐ。
東京都荒川区南千住の素盞雄神社の神輿は「神輿振り」しいい二天棒なので屋根の大鳥が地面にふれるくらいに大きく左右に揺さぶる。
またこの担ぎ方は千葉県船橋市地方にもみられる。千葉県市川市行徳神明宮の神輿は「地ずり」という担ぎ方をする。おそらくは日本で有数の大きな神輿であろう。「ショイショイショイ」というかけ声とともに地面すれすれの低い位置から一気に天空高くほうりなげるめずらしい担ぎ方である。
横棒担ぎ。「カニ担ぎ」とか「城南担ぎ」とかいわれる。東京品川地区の担ぎ方である。担ぎ棒はトンボが6本であるので横棒担ぎで下館の神輿と似ているが、少し違うのは時々小刻みに揺することである。そして神輿の胴に大きな締め太鼓がくくりつけられ大勢の人達が笛を吹いてはやしたてる。「品川ばやし」という。
よこた担ぎ。残念ながらこの担ぎ方はまだ見たことがない。東京大田区の羽田神社、六郷神社の担ぎ方である。担ぎ棒は下館と同じトンボが4本であるが、前後2本のトンボが少し中央よりになっている。「よこたでおいで、オイッチ、ニイ、サン」のかけ声とともに神輿を大きく左右に振る。
港区大神宮の祭りの神輿の担ぎ方は「江戸前担ぎ」であるが神社の大鳥居前にて神輿を天空高くほうりなげる。次から次と各町内の神輿がつづいて天空になげるのはおもしろい。その他、おもしろいのに講談でお馴染み寛永三馬術の馬垣平九郎が馬で登った愛宕神社の階段を神輿を担いで登り下りをする。担ぎ手がまいるまで、何回も何回も登り下りをする。
下館の子供神輿の担ぎ方で昭和2、30年代に行っていたものに神輿の休憩の時に台を入れる前に、神輿を「さし」て3回ほど廻して台を入れていた。又街角など広い場所でも同じように「さし」て3回程廻していたが、今はほとんど見られなくなった。
大神輿の担ぎ方で特筆する事は、神輿を落とす事である。かつては他の地方でも落としていたらしいがこの風習は下館や結城、その他取手などのほんの数例にすぎない。他の地方の人にいくら話をしても理解はできない。 目次へ |